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阪神大震災

阪神淡路大震災

震災の時は、自宅で寝ていました。

当時は、芦屋市内の阪神高速道路が600メートルにわたって横倒しになった倒壊現場のすぐ近くに住んでいました。


朝方、急にゴーーーという不気味な音が聞こえたかと思うと、ドッカーーーンと大きな音とともに、下から突き上げるような衝撃が部屋を襲いました。


何がなんだか訳がわからないまま、布団の上で身体が跳ねるのを感じるしかありません。
逃げようと頭では思うのですが、揺れが激しく何もできません。

不思議なことに、激しく揺れているときに頭に浮かんでくることは、

(この激しい揺れは何なんだろう?)

と思ったことです。


最初に頭に浮かんできたことは、

(ひょっとして飛行機がマンションに墜落してきたのかな??)

でも、こんな時間に飛行機が飛んでいるはずがないし、飛行機の墜落であるなら、こんな長い時間、揺れが続くはずがないと思いました。


激しく揺れているのに頭の中は意外に冷静です。

部屋の中ではいろんな音が聞こえます。

台所の食器棚が倒れて中の食器が割れる音や、何かが(テレビや電子レンジでした)壁に激しくぶつかる音が聞こえてきます。

それらがまるでスローモーションのように、明確に理解できている自分が不思議で、

(死ぬ前ってこんな感じなのかなー)

と、変に冷静に自分を見つめられたことが記憶に残っています。


揺れが収まってからも、しばらくは(でも何秒かくらいだと思います)布団の上で呆然としていました。

そして、

(今の揺れは何?ひょっとして地震なの???)

と、やっと地震であることが理解できました。


その後、部屋から出ようとして扉を開けてそっと足を踏み出すとジャリッとガラスの音がします。

隣の部屋はリビング兼キッチンでしたから、食器などが割れて部屋に散乱していることに気がつきました。

幸い怪我がなかったのですが(その時は怪我がないと思っていました)不思議なことに、そこから玄関まで、どのようにして移動したのかの記憶が全くないのです。


停電で真っ暗な中、割れたガラスだらけの部屋から玄関までどうやって移動したんだろうと、今でも思い出せません。
(つづきはこちら)


 

1  若いころ   
2  阪神淡路大震災  
3  脱出  
4  お金が紙切れに  
5  何かが違う  
6  うつ病で退職  

7  見えない世界の入口 
8  治ったという思い込み 
9  原因は頚椎ヘルニア 
10 リンパセラピーとの出会い