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お金が紙切れに

お金が価値の無い紙切れに

勤めていた会社にも連絡が取れましたが、神戸市に住んでいる上司と連絡が取れないとの情報が入り、神戸に一番近い私が探しに行くこととなりました。


震災当日でもテレビのニュースで情報が少しずつ入ってきました。

とにかく、水と食べ物がありませんでした。

私は、母に頼んで実家にあった米を炊き、おにぎりを作って段ボールの箱に入れ自転車に乗せました。

ミネラルウォーターを買いに行きましたが、近くのお店はすべて売り切れで、今度はいつ配送されるかわからないという状態だったので、家にあった何本かの空のペットボトルに水道水を入れて、おにぎりと一緒に自転車に積み、神戸に向かいました。


上司の安否がわからない状態だったので、できるだけ急ごうと思い、伊丹の実家を出発したのは震災翌日まだ夜が明けきらない朝の4時頃だったと思います。

途中、芦屋市の私の住んでいるところを通るので、自宅の様子を見に行こうと思いマンションの裏にきたとき

「だれだ!」

と大きな声で呼び止められ、近くのワゴン車の中から懐中電灯で照らされました。


その声は、いつも買い物をしている市場のご主人でした。

私が「伊坂です」と答えると

「物騒だからずっと起きていた。お互い怪我が無くて良かった」

と少し会話をしました。

急な震災、、自宅や店の倒壊、停電、寒さ等の中で一晩中車にいたらどれほど疲れるでしょうか。


車の中には、奥さんと子供さん、おばあさんの5人が乗っていて、中から子供が

「おなかがすいたよー」

と小さい声で話しているのが聞こえました。


自転車には、おにぎりと水があります。

でも、それは神戸で行方不明になっている上司に渡そうと運んできたものです。

少し躊躇しましたが、私は自分の持ってきたおにぎりと水を、人数分分けてあげました。

ご主人は

「ありがとう・・・・」

と言ったきり言葉が出なかったようです。

私は何か不思議な気持ちになって、涙がこぼれてきたのを覚えています。

私が渡したのは、塩だけのおにぎりと、中身は水道水のペットボトルです。

でも、泣いて喜んで頂けました。

お互いに泣いていました。


私は、それまで高級車を売っていて、お客様には喜んで頂けたと自負していたのですが、泣いて喜んで頂いたことは、ありませんでした。

それが、高額なものでもなく、ブランドでもない、塩だけのおにぎりと、ペットボトルに入った水道水で、こんなに喜んでもらえるのが不思議に思えました。


私の財布には、現金が10万円以上入っていました。

でも、使えるところが無いのです。

店はすべて倒壊し、電気、ガス、水道もなく、銀行のコンピューターも停止しています。


それまで信じていたお金の価値が、紙になった瞬間でした。
(つづきはこちら)

 

1  若いころ   
2  阪神淡路大震災  
3  脱出  
4  お金が紙切れに  
5  何かが違う  
6  うつ病で退職  

7  見えない世界の入口 
8  治ったという思い込み 
9  原因は頚椎ヘルニア 
10 リンパセラピーとの出会い